So-net無料ブログ作成
検索選択

マッサンのモデルはウイスキーに人生をかけた竹鶴政孝

朝ドラ『マッサン』第1週の視聴率は
21.3%ということで好調なスタートを
きりました。

主人公のマッサンは日本のウイスキーの父と
称えられる、ニッカウヰスキーの創始者
竹鶴政孝氏がモデルとなっているわけですが

ドラマではスコットランドから
日本に帰ってきたところから
始めっているので

スコットランドにウイスキーの修行に行く
経緯やあちらでどのような苦労があったかを
紹介します。


スポンサードリンク




マッサンがウイスキーに興味を持った訳


マッサンこと竹鶴政孝は広島県生まれ。

竹鶴酒造の三男ですが、兄が二人とも家業を
継がなかったので、政孝が継ぐという
自然な流れで、日本で唯一醸造科があった
大阪の高校に進みます。

そこで興味をもったのがウイスキー作り。
もともと挑戦することが好きなマッサンは
日本ではほとんど認知されていない
ウイスキーに興味をもったのです。

そこで、実家の竹鶴酒造に帰るまえに
国産ウイスキーを手掛けている
摂津酒造で修行することにします。

ただ、摂津酒造で作っているウイスキーは
中性アルコールに色と香りをつけただけという
いわゆる"まがいもの”でした。
(摂津酒造に限らず当時の国産ウイスキーは
みんな"まがいもの”)

スコットランドへウイスキーの修行へ


摂津酒造の社長はいずれ"まがいもの”では
通用しなくなる。と恐れていました。

そこで、ウイスキーの本場スコットランドに
誰かを修行に出したいと考えたのです。

そのメガネにかなったのがマッサン。
ウイスキー作りへの情熱があり
物覚えもいい、英語も得意。

社長から修行の話を打診された
マッサンは、すぐに承諾。

実家の両親を説得して
スコットランドに修行にいきます。

これで、実家の竹鶴酒造を継ぐという
ことはなくなり、ウイスキー作りを
本格的に追うことになります。

ただ驚くのは、どこかのスコットランドの大学
入って勉強するというだけの計画なのです。
事前に交渉だとかは一切なしなのです。

まあ、当時は日本とスコットランドで
やり取りするには、手紙で片道50日は
かかるという時代ですから
事前に大学の手配をするといっても
膨大な日にちがかかって事実上無理という
こともありますが。

こんなわけで、マッサンははるばる
スコットランドにつくとまず大学に
入る交渉からしなければなりませんでした。

幸い王立工科大学の応用科学科に
入学することができましたが
講義の内容は高校の授業の域をでない。
ウイスキーの講義などもなし。

仕方なくマッサンはウイスキー製造法の
書かれた書物で勉強する毎日。

この当時、ドラマではエリーのモデル
リタと出会います。

マッサンとリタの馴れ初めはこちら
マッサンとエリー(リタ)の馴れ初め

ただ、ウイスキーつくりの実体験が
ないため、理解できないことが多い。

そこで、いくつものウイスキー製造会社に
実習させてくれと頼みます。

なんとか、数社から実習の許可がおり
短い期間ですが、実際の作業をすることが
できました。

マッサンの凄いところは、この書物からと
実習からの知識で

日本に帰ったのちには、ウイスキー工場の
図面からウイスキー製造装置の図面まで
書きあげてしまうのですから

どんだけ、才能があるのか!と感心して
しまいます。

そして、凄まじいいほどの行動力ですね。

日本のウイスキーの父と呼ばれるわけです。


全記事一覧はコチラから

スポンサードリンク




スポンサードリンク


2014-10-06 | 共通テーマ:テレビ | nice!(0) | コメント(0) | トラックバック(0) | 編集

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

トラックバック 0

この記事のトラックバックURL:
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
Copyright © マッサンのネタバレ・あらすじ・キャストを最終回まで All Rights Reserved.
当サイトのテキストや画像等すべての転載転用・商用販売を固く禁じます
Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。